カイロプラクティックの歴史
20世紀初頭アメリカの磁気施術家、D.D.パーマー(1845-1913)は様々な患者と接しているうちに、疑問が次々と浮かび、体の不調についてもう一度原点に戻って考え直してみようとしていました。
彼が最も疑問に思ったのは、身体の不調になったときに薬を飲むが、薬は身体の悪い部分にだけ作用させようとしても、他の正常な部分にも影響を及ぼしてしまうのではないかと考えました。さらに、一ヶ所の器官だけが不調になるのに、どうして他の部分は平気なのかが疑問でした。また、身体の中には自然に体の不調を治す力(自然治癒力)が存在していますが、この力が器官に届かないことでその器官が身体の不調に冒されるのではないかと考えました。
その後パーマーは、9年間にわたって体の不調についての理由付けを行った結果、神経系統の伝達が上手く伝わらないことが身体の不調の原因であると考えました。その異常を起こす原因として、「背骨の変化が神経を圧迫しているのでは?」という結論に達しました。
さっそく、彼は耳の不自由な知人の背骨を調べてみたところ、大きな骨の隆起に気付きました。それを、てこの原理で押してみたら大きな音とともに骨が動き、17年間聞こえなかった耳が聞こえるようになりました。これを機会にパーマーはさまざまな身体の不調に苦しむ人々を治癒へと導いていきました。
この矯正が、ギリシャ語でCHIRO(手)と、PRACTHIC(技)の二つの用語を合わせたカイロプラクティック(CHIRO・PRACTIC)と命名されたのが1895年9月18日のことです。カイロプラクティックの言葉は、薬も器具も用いず手技のみで矯正する事を意味しているのです。
このようにしてD.D.パーマーに発明されたカイロプラクティックも当時はその理論が未熟で、どこをどのようにアジャストメント(脊椎を手で矯正すること)すればいいのか不確かで、不必要な脊椎を動かすことも少なくなかったそうです。それでも身体の不調が緩和していく患者は増えていきました。
ところが、数多くの実績をあげながらも、その頃の医学界からは疑惑の目で見られていました。
そこでD.D.パーマーの息子であるB.J.パーマー(1882-1961)はB.J.カイロプラクティックリサーチセンターを設立して多くの優秀な医師たちを迎え入れ、最新の検査器具をそろえて、カイロプラクティックの矯正後の結果を最先端の医学で測定し、データをとり、医学界を納得させるようなレベルの高い医学的裏付けを実証したのです。
今日、アメリカや多くの国々で、カイロプラクティックは最も安全で理にかなった予防施術法として認知されています。
カイロプラクティックの効果
「肩が凝ったなとマッサージしてもらっても、その場は楽になるんだけどすぐ辛くなる」という言葉をよくお客様から聞きます。
それは筋肉が硬い=揉めば柔らかくなるという発想でマッサージをうけていませんか?しかし、筋肉が硬くなった原因を考えたことありますか?
筋肉は骨にくっついています。骨は体を支える根本になるため関節の部分で骨の位置がズレると、筋肉は支えようとして緊張し血流が悪くなります。これが「筋肉が硬い」原因の一つになります(他に内科的な問題や栄養・休養によっても硬さはでます)
カイロプラクティックでは、筋や関節に負担をかけることなく、骨の位置がズレている痛みのある関節に対してアプローチしていきます。また、痛みのあるところを触れることができなくても、間接的に痛みをやわらげることができます。それこそが骨格を整えることによって、コリの部分や辛い部分を楽にしていくカイロプラクティックの良さではないでしょうか。